大阪泉州・貝塚寺内町と紀州街道は・

トップページ貝塚寺内町の社寺 > 願泉寺 ‐ 重要文化財 ‐

貝塚寺内町の社寺

願泉寺 ‐ 重要文化財 ‐

願泉寺

 

金涼山真教院と号し、阿弥陀如来を本尊とする。
僧行基の開創と伝えられ、応仁年間に蓮如上人が教えを説いた草庵であるという。
 
天文14年(1545)、紀州根来寺から卜半斉了珍を迎え、草庵を再興し同24年
(1555)には寺内に取り立てられ免租の特権を付与された。天正5年(1577)
には織田信長の軍勢に攻められ兵火にかかり焼失し、同8年(1580)、新たに
8間4面の本堂を建立し、それまでの草葺屋根を板葺に替えた。
天正11年(1583)、顕如上人は紀州鷺ノ森から貝塚に移り、これより2年間余り
この地は本願寺であった。その後、家康より寺内諸役免許の黒印状を受け、
明治維新まで貝塚の領主であった。
 
現在の本堂は寛文3年(1663)の建立で、表門 延宝7年(1679)、
太鼓堂 享保4年(1719)、築地塀、目隠塀、鈴楼の7棟が平成5年8月に
重要文化財に指定され、現在半解体修理が行なわれている。

このページの先頭へ