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登録有形文化財の町家

寺内町当時のまちわりとともに、古くは江戸時代後期から明治、大正、昭和の伝統的様式の町家が、数多く残されています。
主な町家が二十数ヶ所ありますが、そのうち、江戸時代のものを中心に、13ヶ所が国の登録有形文化財に登録されています。

並河家住宅

並河家住宅

 

並河家は卜半家の家来で代々その要職を務めた家柄である。
当家住宅は願泉寺の門前通りの「御坊前通り」に西面し、外観は町家の形式が
あるが、内部は式台玄関を配する武家の住宅となっている。
主屋は天保3年(1832)の建立といわれ、土蔵は江戸時代後期である。

山田家住宅

山田家住宅

 

現存する卜半家来の屋敷の一つである。
当家は地頭卜半家の家来をつとめた家柄で、江戸時代末期から古美術商を営んで
いる。当家は堀之町筋に南面している。敷地は間口6間、奥行11間で、主屋は
間口一杯に建っている。
主屋は19世紀末頃の建築で、玄関に設けられた摺上げ大戸が特徴的である。

竹本(久男)家住宅

竹本久男家住宅

 

当家は昭和初期まで貝塚市特産の黄楊櫛製造業を営んでいた。
東西の主屋はもともとは別構造の2軒の民家建物である。東主屋は桁行2間半の
小規模な町家で、後の改造も多いが、江戸時代の小規模な町家の様子を偲ぶこと
ができる。西主屋は間口3間半の昭和7年頃建築の町家で、貝塚における近代
町家の一例といえる。

利齋家住宅

利齋家住宅

 

家伝の系図によれば、織田信長の兵乱の時(1578年か)貝塚に来住したと伝える
旧家で、代々「孫左衛門」を名乗り、薬種問屋で北之町の町年寄りを務めていた。
当家の住宅は堀之町筋に南面し、建立年代は17世紀まで遡る可能性をもつ、
貝塚寺内町で最も古い町家である。
離れの洋館は大正13年(1924)頃の建築で、暖炉やステンドグラスが当時のまま
保存されている。 

岡本家住宅

岡本家住宅

 

屋号を「唐津屋」といい、代々「市郎兵衛」を名乗り、昭和30年頃まで醤油醸造業を
営んでいた。江戸時代には北之町の町年寄を務め、寺内の有力者の一人であった。
主屋は江戸時代中期の建物で、18世紀の中頃まで遡る可能性があるといわれる。
増築された角屋座敷には天保12年(1841)の棟札が残されている。
土蔵3棟はいずれも道具を納める内蔵的な性格を持つものである。
座敷前の庭は貝塚寺内を代表するもので実に見事なものである。

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